私はイタピランガで巡礼者に朝のミサの中で現れの場所での祝典においてビショップ・カリロが言ったことを考えていました。彼は第二読経から引用した一節について語りました。「もし誰か神の聖所を破壊するなら、その人は神によっても破壊されるであろう、なぜなら神の聖所は聖なるものであり、あなた方こそそれが聖所であるからだ。」(1コリント 3:17)。私は処女マリアの声が私に言ったのを聞きました。
同じように特別なカリスマについてもです。神がその言葉を伝えるために任命した人々や、カリスマを破壊する者たちは、彼らもまた神によって破壊されるでしょう、なぜなら彼らは彼の仕事を助けることなく、ただ障害となり、迫害となり、紛争となる理由となったからです。誇りと傲慢から解放されて謙虚であることを通じて、あなた方は神のものになりなさい。神の知恵は誇る者や心に誇りが満ちた人々にはありませんが、それはむしろ最後の最後に至るまでの人の中にあります。世界が無意味で何でもないと考えているそのような人々の中にです。悔い改めて謙虚な心を持って神に帰依しなさい。